中国人とマナーと文明
〜重版で加わった「マナー」について〜
『旅の指さし会話帳中国』著者の麻生晴一郎です。
「マナー」=「文明」?
中国語でマナーは「文明礼貌」、“マナーを守る”は「讲文明礼貌」のように言う。地下鉄の車内や街角の標語ポスターでよく見かける言い回しである。
マナーという表現に「文明」という言葉が使われるのは少々大げさなものに感じる方も多いかもしれない。もちろん、日本でもマナーを語るときに「文明」を使うことはあって、「文明人のエチケット」のような言い方もあるが、最近ではめったに使わず、専らマナーと言うだろう。
一方、中国では文明という言い回しはよく使う。「文明礼貌」の「文明」は、中華文明、メソポタミア文明など、未開人と対比させた高度な文化をも指しているから、マナーの意味として仰々しさがあることは確かだ。
ちなみによくバスターミナルなどで「文明単位(単位とは職場)」、「文明服務(服務とはサービス)」という言い回しも見かけるが、これらの「文明」もマナーを示すものの、やはり仰々しくもある。
「文明」に込められた意味合い
だが、この「文明」のニュアンスにこそ、マナーを中国人がいかにとらえるかが凝縮されていると言えるかもしれない。
アヘン戦争以降の中国の1世紀半の歴史は、中華文明が西洋文明に屈した記録であった。そして今、少なくとも経済と国際的影響力においては西洋文明と対峙しうる位置にまで上り詰めた。
「中華民族の偉大なる復興」というスローガンは中国の至る所で見られるが、経済だけでなく、あらゆる面で世界の尊敬を得る中華文明の民でありたい気持ちも、「文明礼貌」の「文明」には込められているのだと思う。
中国国内の声
よく海外の観光地や空港での中国人のマナーの悪さがニュースになる。その際、日本をはじめとする諸外国で、さまざまな形で批判の声が起こるが、実は中国国内では、ネットユーザーからそれ以上に厳しい批判の声が上がっているのが常だ。
このことは中国国内で一定数の人が、マナーの悪さで中国人が恥をかいてほしくないと思うことを示すと言っていいだろう。
このような人はきっとマナーある行動を心がけているに違いない。「中国人はマナーが悪い」とは世界中で言われているが、ぼくの行動範囲に限ってみれば、中国国内でも2、3割の人はきわめて礼儀正しい人たちである。
「マナー」が成立する条件とは?
だが、マナーというものは社会の2、3割の人が心がけることでは成立しない。授業中に大声で私語を発しないというルールは、たった数人の例外がいるだけでも成り立たない。列を作って順番を待つなどのマナーも同じで、2、3割の人しか守らないマナーとはマナーでありえないのである。
さらに言えば、「中国人はマナーが悪い」ことを恥ずかしく思うような中国人は、きっと日本を旅する時には行儀よく振る舞うに違いない。しかし、悲しい哉、そのような人は誰からも中国人だとは思われまい。結果として「中国人はマナーが悪い」の評判は残ってしまうのである。
指さし会話帳に加わった「マナー」
『旅の指さし会話帳中国』には「激動の中国」というページがあり、その時々の中国で語られているスローガン、社会的なテーマ、世代を語る流行語などをまとめている。
重版の度に少しずつ内容が変わっていくこのページに、これまで登場した言葉としては、80年代生まれを表す「80后」、「小皇帝(甘やかされる一人っ子)」、「爆買い」、「中国の夢」などがある。
2017年8月の第三版12刷では、「高級マンション」、「マイカー」、「プラス思考」などが削除され、「マナー」、「大学入試」、「スマホ決済」などが加わった。
中国にとって「マナー」は、こういうページで扱っておくべき、大きな課題となっている。中国人のマナーが急によくなるということはないかもしれないが、マナーの悪さを問題として捉える人が、多数存在することはぜひ、知っていただきたいと思う。