京王プラザホテルでユニバーサルルームを取材し、「おもてなし」を考えました
コロナ禍のオリパラを考える
2020年秋以降、オリンピック、パラリンピックに向けての案件をご相談いただくことが増えております。
その制作過程では、外国人を迎える様々な立場の方とお話しする機会がありますが、痛感するのは、コロナ前に検討されていた想定が大きく変わってしまったこと。
来日する選手、役員、関係者、観客、それぞれにどんな対応をするべきなのか? そもそも、何をどこまで検討すべきなのか? 手探りの場合が多いようです。開催の規模も形も、どんなものになるかわからないので当たり前ではあります。
そこで、少しでも、現場で外国人対応を担っている方のヒントになることがあればと、様々な現場で見聞きしたコロナ対応のレポート、担当の方のインタビューなどを掲載していきたいと思います。
※制作支援についてはこちらをご参照ください。 ▶コロナ禍の今こそ「指さし会話」でコミュニケーション支援
▶ コロナ禍のオリパラを考える(2020年11月より記事更新中)
目次
日本一の高さを誇った巨大ホテル
新宿西口の高層ビル街、都庁の隣にそびえるのが京王プラザホテル。
2021年6月に開業50周年を迎えます。
高層ビルのホテルも今では珍しくなくなりましたが、1971年の開業時、47階建て170メートルの京王プラザホテルは、日本で最も高い超高層ビルでした。
まだ都庁も住友三角ビルもない新宿西口の景色の中に、ポツンと一棟だけが出現した様子は衝撃的なものでした。最上階に設けられた展望室を訪れる人たちで、新宿駅までの行列が出来たという伝説が残っています。
モハメド・アリも宿泊したとか、米軍が信号の中継基地にしようとしたが中止となったとか、このホテルのことを調べていくと、話題の規模が大きいことに驚きます。
そもそも、客室数は1400以上もあり、この規模のホテルとなると日本では数カ所のみです。
そんな、日本を代表するホテルの一つ・京王プラザホテルの、コロナ対応や、東京オリンピック・パラリンピック(オリパラ)への意気込み、バリアフリー対応を取材させていただきました。
オリパラの成功は、自治体や選手のアテンド、競技場の運営だけでなく、宿泊等々さまざまな業界の方たちの力がなければ、あり得ないことだからです。
オリンピック・パラリンピックの準備は「特別にはありません」!?
正直に書きますが、もともと取材を申し込んだ時点では、「オリンピック、パラリンピックに向けてこんな準備をしてきました!」という話を聞ければと考えていました。
しかし、返ってきた答えは「特別な準備はしていません」とのこと。
あれれ?? いきなり肩透かしでしたが、その理由は調べていくとわかってきました。
オリパラを迎えるにあたっては、次のような準備が必要になると思われます。
1)外国人対応
2)ユニバーサル対応(バリアフリー対応)
3)コロナ対応
このうち、1の外国人対応も、2のユニバーサル対応も長い経験がある、3のコロナ対応も改良をしながら対応中、ということでオリパラが特別というわけでもないのです。
では、実際にどんな対応が用意されているのか? その点について取材させていただきました。
歓迎されている感じがスゴいバリアフリーの部屋
まずは写真を見てください。京王プラザホテル30階には13室ののユニバーサルルームがあり、その中の一室です。
さりげなく、いろんな工夫があります。あまりにさりげないので、教えてもらわないとわかりません。以下、写真でご説明していきましょう。
●ベッドのサイドガード:ベッドに寝るときの支えとして、サイドガードがついていますが、これは取り外し可能です。
●ベッドの上の黒いクッション:こちらは聴覚障害のある方が宿泊される際の備品です。ドアのインターホンが鳴った時や、館内のお知らせなどの際にブルブル震えて、宿泊客に知らせる仕組みです。
●少し上に設置された冷蔵庫:床に置かれた冷蔵庫の中身を取り出す体勢をとるのが難しい方も多いので、あえて冷蔵庫を床から浮かせてあります。
●部屋の中に設置されたドアホン:ベッドの上すぐのところにドアホンがあります。部屋に来客があっても、ドアまで行くことなく会話できます。
●開けやすい引き出し:引き出しは、上部に隙間が大きく取られています。これは、手の自由がきかなくても開けやすくするためです。
●補助犬用のボウル:補助犬のためのボウルも二種類用意されています。希望によって大きさを選べるとのことでした。
●フロントと筆談するためのiPad:内線電話で会話できない方は、iPadでフロントと会話できるように工夫されています。
●電動の椅子:立ちあがるのが難しい方向けに、座面を持ち上げるボタンがついています。
このユニバーサルルームに入ったときの第一印象は、
「宿泊客を迎え入れる気持ちに満ちているなあ」
というものだったのですが、どうしてそう感じたのかは、よくわかりませんでした。ですが、細部の説明をしていただくうちに、これだけの工夫をこらした部屋が作られるまでに、いろいろな経緯があり、従業員の方たちの中に、膨大なノウハウがあることを感じさせられました。
おそらく、そういった経験が部屋の第一印象につながっていたのでしょう。
設備自体もスゴいのですが、そういった設備でお客様をもてなそう! という気持ちが感じられたのだと思います。
車椅子や視覚障害への対応など、さまざまな人を迎えるための工夫
さて、部屋には浴室もあります。こちらに入るためには、やや勾配があります。
ユニバーサルルームは、もともとは普通の客室だったところを改装して作られているためです。最初からユニバーサルルームとして設計されていたならば、この勾配はないことでしょう。
ただし、この浴室の改装にあたって、ベッドなどのスペースがせまくなるため、部屋全体の仕様は綿密に検討されているそうでした。たとえば壁にとりつけるテレビの圧迫感を減らすために、壁を少しへこませる、といった工夫です。
下の写真は、ユニバーサルルームの細かな仕様説明の資料なのですが、細かな配慮の数々に驚かされました。
浴槽へ入るための台、手すり、浴槽内のイスなどが用意されていましたが、これらはどれも希望によって設置するとのことでした。
同様に、トイレの手すりも、取り外し可能となっています。
お客様のご希望によって設置することも、取り外すこともできる仕様でした。
非常に印象的だったのは、浴室の手すりです。黒とシルバーのシンプルなデザインで、とってもオシャレでした。教えてもらうまで手すりがあると意識しなかったほどです。
ホテルは介護施設ではなく、お客様がひと時リラックスして楽しんでもらう場所。そのため、こういったデザインにもこだわっているということでした。
細かいことなんですが、この客室に泊まった人は、歓迎されていることを感じるでしょうし、また宿泊したいと思うだろうと素直に思いました。
●廊下のカーペット:弱視の方でも見えやすいように工夫されています
●部屋の位置の表示板:あえて立体的にしてあり、視認しやすく、触ってもわかるようになっています
●ドア周りにも工夫が:ドアキーをタッチする部分が通常よりも低い位置に取り付けられていて、ドアノブも大きなものがつけられています。中の人と会話するためにドアホンもつけられています。車椅子の方が取りやすいように新聞受けも通常よりも低い位置についています。
バリアフリーの取り組みの経緯とソフトの部分
京王プラザホテルがこういったバリアフリーの取り組みを開始したのは、1988年にさかのぼります。
リハビリテーション世界会議を誘致した際に、ハンディキャップルームを作ったのです。そこから改良を重ね、2002年と2018年にユニバーサルルーム設置や改修の工事を行なってきました。
取材の日にもフロントでチェックイン直後の車椅子の方を見かけたのですが、周りのスタッフの方もごく当たり前のこととして対応されているのが印象的でした。京王プラザホテルでは1000人程度の方が働いているそうです。そういったスタッフの方達の中で、経験値が積み上がらないと、こういった自然な対応はできないなあと思わせるものでした。
ユニバーサルルームを希望されるお客さまには、必要な設備を宿泊前に確認して、その方にあった準備をするそうです。
またその際に、できないこともきちんと伝えるとのことでした。
最大限の対応はするけれども、それでも完璧ではないからだそうです。
できないことを伝えるというのは、自信がなければできません。
取り組みを進めてきたからこその言葉だなあ、と感じました。
パラリンピックの開催も契機となり、日本各地にバリアフリー対応の取り組みが広まっています。これはオリパラのレガシーと言えるもの。
ただ、そのレガシーを生かすのは結局はソフトの部分、人と人の関わりが大事なのだなあと思わされました。
コロナ対応の取り組み
コロナ禍でさまざまな業界が苦戦を強いられていますが、その代表といえるのが旅行関連の業界。京王プラザホテルも例外ではありません。
コロナ前には、外国人客の比率が7割を超えていたとのことですが、アフターコロナではそれがほぼ失われてしまったからです。
その中での対応にも、巨大ホテルならではの取り組みをうかがうことができました。
●ビューローベリタスの審査:フランスに本部のあるビューローベリタスの認証を受け、セーフガードラベルを受けています。フロントや玄関にそのマークが表示されています。国際的な審査を受けることで、海外からのお客様にも、コロナ対応を伝えやすくなるメリットがあります。
●従業員を守る取り組み:ビューローベリタスの認証審査の際には、お客様への対応はよく出来ているものの、従業員の待合室といった部分の改善指摘を受けたとのこと。先述のとおり、1000人規模の人が働く職場ですので、従業員の安全を守らなければお客様の安全も保てません。従業員の方たちは、休みの日も検温して体調を管理しているそうです。客室にはマスクを捨てるための袋も置かれていたのですが、これも従業員の安全を確保する目的があるとのことでした。
万が一の場合に備えて、陽性反応となった方が出た場合の対応も用意されているとのこと。防護服も備蓄されているそうです。
そんな事態がなければよいのはもちろんですが、いざという時に備えて準備をしておくことは重要です。日々、いろいろなお客様を迎える宿泊業の大変さを感じました。
●検温モニターや消毒液:館内のあちこちで見かけます。
●足もとのマーク:フロント前には混雑時用に列を作る際のマークが付けられていますが、こちらもさりげない工夫がありました。
外国への情報発信
京王プラザホテルでは、以前から日本のいろんなトピックを英文で紹介するなど、海外への情報発信に努めてきました。
海外旅行中に宿泊してお世話になったホテルというのは、帰国してからも親近感や独特の思い入れが残るもの。京王プラザホテルにかつて泊まった方たちの中にも、今ホテルはどうしているのだろう? そんなふうに思っている人がいるはずです。
今はなかなか来ることが難しい、そういった人たちへの情報発信も重要なことです。もちろん日本国内にいて、日本語がわからない人たちのためでもあります。
ホテルで体験できる日本文化
海外からのお客様へのサービスの一つとして、京王プラザホテルが取り組んできたことの一つが日本の文化体験です。
ホテル内の茶室で、茶道の先生が英語でお点前をしてくださる。
日本の婚礼衣装を着ることができる。
ひな祭りや浴衣体験をできる。そういった様々なイベントをこれまで行ってきたそうです。
取材を終えての感想:実現されてほしい「おもてなし」
取材の待合せ前に少し時間があったので、ホテル内のレストランでコーヒーを飲んだのですが、スタッフの方の丁寧かつフレンドリーな接客が印象的でした。
検温モニターの写真を撮らせてもらっていると、
「実は廊下の向こうにあるレストランの検温機のほうが、高くて性能もいいんです」
と教えてくれたりして、ひとときお客さんを楽しませようと迎えてくれる感じがとても心地よかったのです。
京王プラザホテルの「プラザ」には、年齢や国籍を問わず、さまざまな人たちが集う広場=プラザでありたい、という意味が込められているそうです。
今回の取材の中で、ユニバーサルルームや外国人向けのイベントなど、いろいろな人をもてなして、楽しんでもらう姿勢を垣間見ましたが、その姿勢はホテル全体で共有されているのでしょう。
そして、こういう姿勢で海外の人を出迎えるのが、オリパラ招致の際に言われた「おもてなし」そのものなのだな、と思いました。京王プラザホテルのホームページには、外国人向けの魅力的なサービスが並んでいます。
日本のおいしいものを食べて、日本の文化を楽しんでもらいたい。
東京オリンピック・パラリンピックが行われる際には、こういった日本文化体験イベントで盛り上げよう!というプランはあったそうです。
ただし、コロナ禍でそれが実現するのか先行きは不透明となってしまいました。
新型コロナ感染症への充分な対応がなされてオリパラが開催された際には、こんなさまざまな「おもてなし」を様々な場所で、いろいろな立場の人が味わえるとよいなと思いました。
※印の写真及びページトップの写真提供:京王プラザホテル
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